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クララの銃剣道の旅 70〜74日目

2017年9月30日(土)

全日本短剣道選手権大会が遠くに見えてきたので、久恒先生は銃剣より短剣の稽古に多くの時間を割くことに決めた。したがって、愛知武道館での今日の練習は、短剣道を中心として行われた。何度も言っているが、私の心は木銃に首っ丈なのだが、短剣で人を突き刺すのもなかなか面白い。まずは基本を行い、すぐに現実的な場面での応用に入った(蛇足ながら、現実的な場面というのは、その辺の道端ではなく、試合を意味している)。

運の悪いことに、ここ数日の雨と風の天気のせいで、私は具合が悪く、たくさん動き回る短剣道の動作についていけず、これ以上熱っぽくなる前に途中で止めなければならなかった(ちなみに、熱っぽさは試合の熱から来ているわけではない)。仕方がないので、私はカメラを持ち、素敵な写真を取り、稽古を録画した。もちろん、稽古に参加する方が楽しいに決まっているが、見ることも無駄ではない。悪い癖や問題と格闘しているのは私だけではないということが分かっただけでも励みになった。

 

2017年10月1日(日)

2度目の(そして最後の)岐阜での稽古は、チャレンジしがいのあるものだった。風邪は治っておらず、面の中で死ぬほど咳をしながら、たくさんのことを学ばなければならなかったのだ。いつも通り、私たちは基本から始めた。5人の先生方との稽古はとても有益だった。各先生がそれぞれ違う側面についてアドバイスをくださったので、一つのセッションをこなしただけで、私の意識は非常に高まった。核となる練習の中でも、次から次へと先生方が入れ替わりパートナーを務めてくださった。なんて素晴らしい経験だろう。でも、悲しいかな、その素晴らしい瞬間はずっとは続かないのだ。短い休憩の後、私たちは防具をつけた。その瞬間から咳が激しくなったが、とにかく掛かり稽古を含むより大きな動きを要する練習をした。その後、短い地稽古をした−若い人たちとは激しい勝負になり、先生方とは自分の限界に挑戦する稽古となった。先生方は、私たちに常に攻撃をさせることによって、弱点やミスを自覚させようとしていた。この稽古で私が好きだったことは、疲れれば疲れるほど、これをやるのが優しくなることだ。防御ではなく、ただ攻撃をすればいい。そして次に、また試合。最初の30秒で、もうボロボロ。気合いを発すると咳き込んでしまうし、床に叩きつけられまいとしっかり床を踏んでいることだけで精一杯だった。今日は全く良くなかったが、録画した映像を見ると、思ったよりは悪くない。アキラは素晴らしい試合をして勝利を収めた。誇らしい気分!

久恒先生はより多くの時間を短剣道に割いているため、私たちは布団を逆側に入れ替えるように言われた。しかし、寺田先生から、若い人たちはまだ銃剣道を稽古するから、どちらを選んでもいいと言われ、私はそそくさと布団をもう一度入れ替え、肩を着け、若い日本人の少年たちとの稽古に臨んだ。私たちは、カウンター攻撃、送りへの反応、防御を破ったり、突きを行ったり、その他実戦で役立ついろいろな技を練習した。私は息も切れ切れの状態だったが、もっとやりたいと思った。今後、岐阜での稽古を懐かしく思い出すことは間違いない。

 

2017年10月2日(月)

今日は、昆野先生が、どうやって正しく、そして効果的に突くかを教えてくださった。様々な動きを学んだが、今日のポイントは次の通り。足捌きはスムーズで軽く、最後のステップまで踵は床からできるだけ高く上げ、踏み込みと突きは完全に同じ瞬間に行う。体重が足のボールにあるようにすれば、前進の勢いをキープしやすく、頑張らなくてもスピードが出る。後ろ(右)足の素早い後退の動きも、非常に参考になった。理想的には、体が前に飛び出す力を与えるもので、突きの姿勢を安定させて強くし、離れている距離でも相手に肉薄できる。腕や手の動きより、足捌きは勝利を手にするために大変重要である。それゆえに、私たちは多くの動きを試し、それらを理解してどう使うのか、右足のボールからの力を動きにどう繋げるのかを練習した。次に払い技に取り組んだ。私はこれが上手くできたことが殆どない。理想の形はイメージできるが、体がついていかない。これに関してはかなり練習が必要だ。

今日の練習は本当にためになった。私たちは、払いをするときに木銃をリラックスして柔軟に持つことに腐心した。柔らかい持ち方こそ、木銃が正しく動かせる。相手を突く瞬間に強く握ることによって、強さと安定感に繋がる。そして、その強さと安定感が、構えに戻るときに、次の攻撃にプラスになる。今日の稽古の中で一番ためになったのは、元立ちを信頼し、信頼される元立ちになること。元立ちとして表を突かせることは容易である。しかし、それ以外は、元立ちの技量によって、やり易さが非常に左右される。信頼できない元立ちと稽古すると、掛かり手は相手の武器の周りを迂回したり、下がりぎみや上がり気味の突きをしたり、相手に迫るとき横に動いたりするようになる。正しいのは、いつも真っ直ぐで、強く、水平なこと。そして本来のターゲットを突くこと、ただそれだけである。

 

2017年10月3日(火)

今日で昆野先生との稽古は最後だった。本当に悲しいが、一連の最後の稽古はとても楽しかった。今日はこの3ヶ月で行った全ての復習で、私たちが未だに犯しがちな間違いを集中的に直すことだった。私たちにとってのゴールは、それらの要素を忘れないようにし、これが悪い癖とならないようにすることだ。まず、構えと直れを見直し、銃剣道の初心者や自分達にもありがちな間違いに極力注意した。次に元立ちの隙のタイミングと号令を確認、直突三本から行った。全てを正しく行うことが重要だ。それでこそ、この練習を行う意味があり、実戦に応用することができるのだから。正しい間合いは、体と武器の意識を掛かり手に身につけさせ、腕を伸ばして一番良い突きができる距離の感覚を身につけさせるのだ。

元立ちは正しい隙を作ることが重要だ。掛かり手は元立ちの小さな手の動きを察知し、正しい突き(あくまで真っ直ぐな)ができる。元立ちは、掛かり手にそれが一本につながることを意識させ、身につけさせる。号令も同じく、攻撃が行われるタイミングを伝えるものである。これら全ては、易しい基本のことに思えるかもしれないが、良い元立ちになるためには多くの努力が必要なのだ。実は、これに比べれば、突きを行うことは非常に簡単で、元立ちを努めることよりも考えることや判断することが少ない。余程変なミスをしない限り、正しい突きはターゲットを捉える。もちろん、元立ちが全てを正しくやったときは。私たちは、動きに集中して、たくさんの練習もした。突きのタイミングを見たり、正しい残心を行ったりもした。銃剣道で相手が常にプレッシャーを与えてくる場合、攻撃するのは簡単ではない。ブロックするのは有効ではないし、度重なる攻撃に動揺して、敵に近付きすぎる場合もある。我々初心者はやりがちだ。攻撃。言うは易しである。

 

2017年10月4日(水)

日本での最後の稽古。まだ信じられない。けれど、3ヶ月があっという間だった気もする。正直、自分の上達をあまり自覚できない。毎週自分の問題や弱点を自覚するようになり、どんどん下手になっている気さえする。他の人が言うには、私はいい意味で恐れを知るようになったらしい。

今日の稽古では感傷的になってしまった。これからは自分たちでやっていかなければならないし、遠い大陸の真ん中で銃剣道と短剣道を広めていかなければならないのだから。最後の写真を撮ったり、最後のアドバイスを聞いたり、最後の突きをしたり−幾度も涙が込み上げて来た。ほぼ毎日のように言われて来たこと−良い構えはどう見えるべきか、スムーズで素早い足捌きはどう行うか、突きは水平で強いか−それらが今は深い意味を持っている。これからは人にそれを伝えていかなければならないのだ。

私はもうすでに毎日の決まりごとになった一つのことに集中し、夢の中まで銃剣道が付いて来るというルーティンが懐かしい。今後はヨーロッパ全体に広めていかなければならない。

2017年10月5日、日本を旅立つときに、この日記は終わりを迎える。しかし、これは始まりでもある。初段ってそういう意味でしょう?

全てのことにどれだけ感謝しているか、筆舌に尽くしがたい。この旅を経験できたこと、日本を満喫できたことは、本当に有難いことだ。そして一番素晴らしかったのは、銃剣道と短剣道を素敵な人たちと稽古できたことである。

サイモン、エバ、そして寺田先生、ありがとうございました。それからこの旅の間に会った全ての人に感謝の言葉を捧げます。いつかまたお会いしましょう!

これは、銃剣道ワールドの翻訳者でゲストライターのクララによる目下進行中の連載である。銃剣道を始めたばかりの彼女と、彼女のパートナーであるルーカスが、3ヶ月に渡る日本滞在の中で、銃剣道の稽古をしていく様子を定期的に投稿する。

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